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カチカチ

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カバーがびろびろになったマウスがあまりに使いにくいので、昨日仕事終わりに早速マウスを買いに行きました。 一応、Bluetooth+BlueLEDのダブルBlueを基本として探したのですが、以前に比べると種類がずいぶん増えていました。 イメージ的には無線マウスの1/4くらいはBluetooth対応な感じ。 3年ほど前に見たときは数えるほどしかなかったのに、この急激な増加はやはりBluetoothが標準的に搭載されているタブレットの普及に理由があるのでしょうか。 選択肢が多いのはうれしい限りですが、手にしっくりくるモデルがあるかどうかはまた別の話。 サンプルが置いてあったので、1時間ほどかけてじっくり吟味しました。 ここで選択を誤ると仕事の生産性に大きな差が出るので慎重になろうというものです。 燦然と輝くBluetoothのマーク 艶消しの黒というかグレーというか、落ち着いた色。 とりあえずPCにつないでちょっと使ってみた感じでは、手への収まりは悪くない。 ポインタの動きはコンパネで調整して、あとはもう慣れるしかないですね。 買ったばかりだからか、クリックのカチカチ感が堅いのが、なんとなく初々しい新人を連想させますね。 新しい相棒、末永くよろしく。

スマホ連携ノートの使い道

キングジムの ShotNote や ShotDocs 、コクヨの CamiApp など、手書きノートや書類をスマートフォンのカメラで撮影し、傾き補正などしてきれいに取り込めるノートは、その発売当初からずっと使ってきましたが、使いながらもそのメリットを活かしきれていないという感覚が常に付きまとっていました。 そもそもこの手のノートに飛びついたのは、私が手書きでノートを取るのが好きだからです。 たとえば、仕事でお客様とお会いし、ヒアリングした内容を書き留めるのは、紙のノートにペンというスタイルが一番しっくりくるタイプなんですね。 少し話が横道にそれますが、個人的に手書きが好ましいと思っている理由は大きく2点あります。 1つ目は、手書きだと図示も容易でレイアウトの自由度も高いので、文字として書くだけではなく、それらの関係性をその位置関係で表すことができること。 これができるとそのメモの中に様々なレイヤや視点軸を表現できるので、多くの情報量を持たせることができます。 PCでメモを取る方法でもできなくはないのですが、ソフトを切り替えたり、ツールパレットからオブジェクトを選んだりと、話をしながらどんどん書いていくのには間に合いません。 2つ目の理由は、手書きの方が内容が頭に入ってくること。 これは、自分でも理由がよくわからないのですが、キーボードで文字を打っていると、その内容が頭に残る率が低いんです。ひょっとすると1つ目の理由に挙げた様々なレイヤや視点軸を表現するというところで、それを考えながら書いていることが原因なのかもしれません。 そんなわけで手書きでメモを取りたいわけなのですが、私が働いている会社では、お客様先で聞いた内容などを共有するために、活動報告をシステムに登録することになっています。 これは、ブログなどと同じく、Webブラウザから文字を打ち込んで登録するしくみですので、メモを手書きで書いても、結局はPCで打ち直すことになります。 これはこれで清書代わりになるし、内容をもう一度読み返して理解することにもつながるので構わないのですが、そうなると「ノートを画像として取り込む意味」があまりないんですね。 つまり、内容はテキスト情報としてシステムに入っているので、PCではそれを見ればいい。 テキストなので検索もできるし、あとからま...

情報の価値を決めるのは受け手

業務効率を向上させるために情報共有を進めるという話を考える上で、どうしても1つ誤解されがちなことがあるような気がするのでアウトプットしてみます。 どうも色々な人と話をしていると、「情報発信者は、その情報の価値の有無を判断できる」という前提に立っている人が多いように感じます。 ですが、本当にそうでしょうか。 簡単に言えば、情報に価値があるかどうかは、情報の受け手側の置かれた状況や立場、タイミング、経験の有無など、情報そのものというよりは外的要因によって変動します。発信者がそれらを把握して情報を出すというのは1:1の会話ででもない限り非常に困難であるわけですが、そこの認識があまりない。 だから「情報共有はいいけど、どういう情報を出せばいいのかわからない」「なんでもかんでも情報を送られてもみんなも読み切れなくて迷惑でしょう?」というような話になるのですが、そもそもの前提が間違っているんですよね。 「情報共有はいいけど、どういう情報を出せばいいのかわからない」というのは、言い換えれば、どういう情報を出せばいいのか発信者側でわかるはずだが、私には判断がつかない」ということで、つまり発信者側で価値が判断できるという前提に立っている発言であることがわかります。 「なんでもかんでも情報を送られてもみんなも読み切れなくて迷惑でしょう?」というのは、「だから、発信するときには価値がある情報に絞って送らないといけませんよね?」ということで、発信するときに価値の有無が判断できるという前提に立っている発言であることがわかります。 仲のいい友達同士の日常会話であればある程度それも成り立つかと思いますが、業務の話となると相手も複数ですし、相手の業務の詳細まで把握するのは難しいので、そうしたハイコンテクストな情報のやり取りは困難です。 ではどうすればいいかというと、今のところ2つしかないと思っています。 発信者側は情報の価値など斟酌せず、思いつくものをどんどん垂れ流して、受け手側で判断してもらう。 受け手側はどういう情報がほしいのかという点はわかっていますので、それを知っていそうな人に聞いて引き出す。(ノウ フーを押さえておく) これって非常にSNS的で、ソーシャルな言い方に変換すれば、 思いついたことや近況は、反応のあるなしに関わらず投稿し、...