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情報処理技術者試験を受けてみました

まだ九州家族旅行記の途中ではあるのですが、ちょっと別の話題を。 一応IT業界の端っこに技術職という位置づけでいるわけですが、これまでIPAの情報処理技術者試験を受けたことがありませんでした。 技術職とは言いながらプログラム開発をするわけでもなければ運用保守を担当しているわけでもないので、あまりこうした資格は求められてきませんでした。 そういう意味では今でも特に業務上必要性はないのですが、情報処理技術者資格のうち高度資格のいずれかの取得を目指してほしいとの社内的な要請があり、受験することにしました。 とはいえ、これまで全くこうした試験を受験したこともなかったので、個人的には今回は一度どんな感じなのかを確認するくらいの認識です。 参考書を買って勉強もしましたが、あまり身を入れて勉強をしたとはいえないですね。 試験会場で鉛筆やシャープペンシルを使ってマークシートに記入したり、文章を記述するような試験は学生時代以来初めてだったので、なんだか懐かしい感じでした。 最近ずっと万年筆を使っていて軽い力で筆記してきたので、鉛筆での筆記は必要以上に筆圧をかけてしまったようで背中から腕にかけてなんだか疲れてしまいました😅 自己採点もしていませんし、結果はまだわかりませんが、合格はしていないと思うので、秋に再度チャレンジしてみたいと思います。

有馬ミニトリップ

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週末のちょっとしたお出かけとして、家族で有馬に行ってきました。 泊りで行くときは車で行くのですが、今回は特に荷物もないのと娘がバスに乗りたがることもあって、宝塚駅前から阪急バスに乗っていくことにしました。 宝塚からは、通常の路線バスとして1時間に1本ないし2本くらい有馬温泉に行くバスが出ています。 ルートは何パターンかあるようですが、今回われわれが乗った蓬莱峡を通るバスであれば、宝塚駅から有馬温泉までおよそ40分弱のバスの旅です。 有馬温泉は六甲山の上にあり、宝塚よりも心なしか気温が低い気がしました。 金泉の源泉にある公共浴場「金の湯」の前には足湯があります。 家族で足を入れてみましたが、足湯とは思えない熱い湯で、10秒も浸けていられない! それでも何度も足を出し入れしながら湯を楽しみましたが、足先が真っ赤……。 金泉から坂を上っていった先は、古い町屋の佇まいを残しながらおしゃれな店が立ち並ぶ商店街になっていました。 何年か前に来たときは、もっと寂れた感じだったと思うのですが。 商店街にある有馬山椒の店で山椒昆布を購入し、ついでに有馬サイダーで喉を潤してから、またバス停がある通りまで戻りました。 この通り沿いもまた土産物屋などが立ち並ぶスポットでした。 有馬温泉といえば炭酸せんべいが名物ですが、その焼きたてを食べさせてくれる店が大盛況でした。 「賞味期限5秒」を謳っているのは、パリパリとした食感の炭酸せんべいも焼きたてアツアツの時はまだ少ししんなりしていて、そのしんなりした食感を楽しめるのが焼きたてを手渡されてから5秒程度だからとのこと。 3枚で100円と手軽に手が出せる値段だったので試してみましたが、たしかに微妙にしんなりしている。と思っているうちにもうパリパリになってしまう。賞味期限5秒は伊達ではないですね。 結局有馬での滞在は1時間半程度で、またバスに乗って宝塚に戻りました。 今度は泊りで温泉に入りに来たいものです。

第18回 いけだ薪能

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池田市のシンボル五月山の山麓にある池田城跡公園で毎年薪能が行われています。今年初めて観に行きました。前売で一般は3000円でした。 城跡公園の東側の入口が入場口になっています。 城跡公園は南西側に復元された物見櫓があり(一見天守のように思いますが、実際の池田城には天守はなかったようです)、その北側に池と池に張り出した舞台があり、さらにその先は芝生の広場になっています。 池に張り出した舞台をそのまま能舞台にし、芝生の広場にはパイプ椅子を並べて観覧席としてありました。指定席ではないので、空いているところに座ります。 17:00開演で15分ほど遅れて入ったのですが、6割がた席が埋まっていました。 物見櫓の手前の気に隠れるようにして照明と音響の櫓が組まれています。この写真には写っていませんが左側にも同様の櫓がありますが、そちらも気に隠れるような位置になっています。 そのため、観覧席から見ると現代的な建物や施設はあまり見えず、何となくタイムトリップしたような感覚になります。 (観客の服装はもちろん現代的ですが) 今回の演目は、 仕舞 能「高砂」 火入れ式 狂言「土筆」 仕舞 能「菊慈童」 なお、17:00から17:30の間は五月山児童センターの能楽教室の子どもたちの発表がありました。 始まった時はまだ西日が強く、じりじりと肌が焼かれるような暑さがありましたが、日が傾くとともに徐々に涼しくなり、狂言が始まるころには私も含めてみんな上着を羽織っていました。 休憩のときに違う角度から。雰囲気ありますね。 すぐ背中側が五月山で、山から鳥が飛んで来たり、鶯の鳴き声がしたりするのも面白い。 そんな中、たまに向こうの空に伊丹空港を飛び立った飛行機が見えるのがシュールな印象。 雰囲気を楽しむという意味ではかなりオススメのイベントでした。 城跡公園内には売店もあるのですが、そこではカレーやビール、ワインなどを売っていました。こういうのも薪能ならでは…なのかな?

京都国立博物館開館120周年記念特別展覧会「海北友松」を訪れて

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5月2日に訪れた京都国立博物館の海北友松展は、ここ何年かの間に観た展覧会の中では、もっとも内容が充実し、印象に残った展覧会でした。 海北友松(1533-1615)はもとは近江の武士の出で、父・海北綱親の戦死をきっかけに禅門に入り、その後狩野派の絵を学んだ後に独立し、独自の画風で活躍した絵師です。 このような経歴を見ると、武士の家に生まれたものの絵を描くことが好きで、武士として生きる気持ちはあまり持たなかったような人物を想像してしまいますが、実際にはむしろ逆で、彼は晩年になるまで海北家の再興を志しつづけた「武の人」だったようです。 (浅井家の滅亡の際に友松の兄が討ち死にし、友松は禅門から還俗した) 例えば、親しい友人であった明智光秀の家臣斎藤利三の、山崎の戦ののちに処刑されたあとに晒されていた遺骸を槍をふるって奪い、丁寧に埋葬したといった話も伝えられているとのこと。 そんな友松が海北家の再興よりも自身の画業を優先するようになったのはいつ頃なのか。 展覧会の年表や解説を見てもとくにその点について明確に言及した記述はなかったように思いますが、現在残っている彼の作品がおよそ60歳以降のものがほとんどであるという点から考えれば、50歳代でどこかで心境の変化があったのかもしれません。 (年表によると、先述の斎藤利三の刑死は友松50歳のとき。そして、友松が狩野派を離脱したきっかけと考えられる狩野永徳の死が友松58歳のとき) 友松の作品を見ていて感じるのが、その活躍の前半期(といっても60歳以降ですが)においてはスピード感、躍動感でしょうか。 他の絵師の作品をそれほど多くみているわけではないですが、例えば同展覧会に出ていた狩野永徳の作品と比べて、ひとつの筆づかいの長さが長く、途中の線はかすれが強く感じます。 一方、後半期はどんどん線が簡略化されていき、より少ない線で表現されていく。その様はある種の技芸の円熟の境地に達した達人たちに共通する、無駄を削ぎ落し必要な手数だけが残される事象と共通しているように思います。 さらに、彼の作品の集大成ともいうべき「月下渓流図屏風」をみると、その静謐さ、描かないことによる表現など、友松の「武家」「禅」という出自ならではなのではないかと感じました。 展覧会にいったら図録を買いなさい、とは大学のときあ...

春の京都めぐり

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だいたい毎年、ゴールデンウィークには何らかの展覧会を見に行っているのですが、今年は地元逸翁美術館とともに京都の展覧会を見たくて、1日かけて京都を巡ってきました。 行きたかった展覧会は2つ。 京都国立博物館の「海北友松展」と、相国寺承天閣美術館の「伊藤若冲展 [後期]」。 この2つを軸に、その近所や移動ルート上にある寺社仏閣や名所旧跡に立ち寄ることにしました。 以下、写真を交えてルートを簡単に紹介します。 スタートは京都駅。京都タワーを横目に徒歩で京都国立博物館へ移動しました。 雲一つない快晴ながら風があって快適なウォーキングになりました。 9時半開館ですが、9:10の時点で長い列ができていました。 ここでじっくり2時間半かけて作品を鑑賞して、かなり体力を使いました😅 博物館の裏手は豊国神社。 伏見城から移築された国宝の楼門の下で柏手を打ちました。 さらにすぐ横が大阪冬・夏の陣のきっかけとなった鐘銘で有名な方広寺。 鐘のやや上部に2か所白くなっているところがありますが、ここに有名な「国家安康」「君臣豊楽」の文字があります。白く色を入れてくれているおかげでなんとか肉眼でも文字を読むことができました。 豊国神社の前には耳塚。 日本で天下統一を成し遂げた秀吉が大陸にも勢力を伸ばすべく行った朝鮮出兵の際に、兵士たちが首級の代わりに持ち帰った塩漬けにした耳や鼻を弔ったものです。 そんな歴史も、春の晴天の下で静かに眠っているようです。 ここから相国寺に向けての移動のために京阪電車に乗るために駅まで歩きますが、このころから陽射しが強まり気温が上がってきて初夏のような暑さになってきました。 今や国道1号線の一部として車がひっきりなしに通る五条大橋は、牛若丸と弁慶の出会いの逸話で有名ですね。 五条大橋の西のたもとには、牛若丸と弁慶の像が設置されています。 実はこの五条大橋のすぐ南西側、鴨川と高瀬川に挟まれた細いエリアにも史跡がありました。 大きな榎ですが、この榎はかつてこの地にあったという源融の屋敷の庭にあったものだそうです。 源融は源氏物語の主人公光源氏のモデルのひとりとされる貴族です。 あまり知られていないのは、この木があるだけで特に何も残って...

逸翁美術館「THE 書 ~数寄者が集めた古筆、お見せします~」を訪れて

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池田市は大阪郊外の小さな町ですが、「逸翁美術館」という美術館があります。 阪急電鉄グループの創業者である小林一三氏が収集した美術品や工芸品を収蔵していて、その名は小林氏の雅号「逸翁」にちなんでいます。 池田市に引っ越してきてからすでに10年、その存在を知りながら今まで訪れたことがなかったのですが、今日時間ができたので展覧会に訪問してきました。 今、逸翁美術館では開館60周年記念として1年間にわたって開催される一連の展覧会の第一幕として「 THE 書 ~数寄者が集めた古筆、お見せします~ 」が開催されています。 何年か前に建て替えられたはずの建物はシンプルながら洗練された印象です。 今回は45点の書が展示されており、重要文化財に指定されているものが4点、重要美術品に指定されているものも7点含まれています。 古筆というのは平安~鎌倉期にかけての、おもにかな文字の名筆を指すそうです。 こうした時期の書はおもに巻物や書籍・冊子の形態だったわけですが、後の時代にはこれらを切って掛け物にして茶の席に飾ることが流行ったそうで、今回展示されていたものも大部分は掛け物の形態になっていました。 こうした元の巻物や書籍を切ったものを「切」といい、古筆の切を「古筆切」と呼ぶとのこと。 巻子本や冊子本など完全な形で伝来した古筆 (奈良~室町時代のすぐれた書。特に和様の書や,かな書きのもの) を,掛軸仕立てにしたり,手鑑に張ったりする目的で切断したもの。桃山時代から江戸時代にかけ茶道の流行に伴い古筆が愛好され,需要が多かった。切断された断簡は内容,地名,所蔵者名にちなんで「万葉切」「高野切」「本阿弥切」などと称した。(ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典) こうした古筆切はやはり能筆家の書の人気が高かったようで、展示されているものでも三蹟の一人である藤原行成や西行といった高名な能筆家の筆とされるものの、研究の結果もっと後の時代のものと判明しているというものも多くみられました。おそらくはこうした高名な能筆家の筆であるということが一種のステータスであったため、それらの筆であるということにされたものも多くあるのでしょう。 とはいえ、そうした高名な能筆家のものではなくても優れた書は多くあるわけで、展示されているものはそれぞれに特徴はありますが、いずれも流れるよ...

ナレッジキャピタル超学校に初参加してきました

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グランフロント大阪ナレッジキャピタルでは超学校というプログラムが開催されています。 さまざまな分野の研究者から、研究の発想やプロセスを学ぶだけでなく、参加者と一緒に考え、対話するナレッジキャピタルならではのプログラムです。 専門知識がない方でも気軽に参加でき、大学や企業、研究機関などの研究者と一般の参加者をつなぐ場を提供しています。( ナレッジキャピタル超学校のWebサイト より) これまでも様々な大学や研究機関などとコラボした企画が行われているようですが、初めてそのプログラムに参加してみました。 今回は大阪・万博記念公園内にある国立民族学博物館(みんぱく)で開催されている特別展示とタイアップした、「ビーズ ー つなぐ・かざる・みせる」をテーマとしたプログラムで、今日はその第1回目。講演のタイトルは「世界はビーズでつながっている」でした。 会場はナレッジキャピタル内のCAFE Lab.の奥のスペース。会議室ではなくカフェの一画のオープンな空間というのも気軽に参加するというコンセプトを体現したもののようです。 参加費は500円ですが、受付をするとドリンク券をもらえますので、実質的には無料といってもよいかもしれません。 (毎回そうなのかはわかりませんが) オーダーできるドリンクの中にはビールなどのアルコールもありました。 みんぱくの先生がプロジェクターで資料や映像を映しながら話をしてくださいます。 このビーズをテーマにしたプログラムは全4回の開催なのですが、第1回ということでなぜビーズに焦点を当てるのか、という入り口の話でした。 ものとものをつないでビーズのようなものを作るという行為は、ホモ・サピエンスにしかできない。 現在世界で最初のビーズといわれているものは約10万年前のもので、イスラエルや北アフリカで発見されている。時期的には人類が出アフリカをした時期と重なっている。なぜアフリカを出るときにビーズが生まれたのか? 南米の南端、南極に近い地域に暮らす民族は寒い気候にもかかわらず服を着るという風習がないが、それでもビーズ(首飾り)はつけている。 首飾りなどを母から娘に代々受け渡していく風習は世界各地で見られる。 正直、参加するまではビーズというテーマそのものにはそれほど強い興味はもっていなかったのですが、話を聴くうちに...

川西市源氏まつりの懐古行列

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清和源氏にゆかりの深い川西市多田。この多田の地にある多田神社(多田院)の例大祭に合わせて行われている源氏まつりの懐古行列を見に行ってきました。 懐古行列は源満仲(多田満仲)や源頼光、源頼信などに扮した人々による武者行列です。 たまに雨粒がポツポツ落ちてくるあいにくの天気でしたが、関西はちょうど桜が満開で、華やかな衣装に彩を添えていました。 源氏の武者は馬に乗って登場。 特別ゲストとして俳優などの芸能人が武者に扮して参加することもあるようですが、今年はそうしたゲストはいなかったようです。 そのせいなのか、それとも天気が悪かったせいか、沿道に見物客は多かったもののそれほど混み合うこともなく、余裕をもって間近で見ることができました。 女武者としても有名な巴御前は、女性陣の中で唯一甲冑姿で馬に乗っていました。 巴御前や静御前といった女性役は一般公募で選ばれるらしく、まあ一種のミスコンテスト的なものなんでしょうね。 行列が終わって、神社の境内で記念写真を撮られる巴御前と源義家? 京都の時代祭などに比べると規模は小さいですが、それでも武者装束などは結構本格的な感じで、なによりもすぐ近くで見られるのがよかったです。

メトロポリタン美術館 古代エジプト展(2014.11.8)

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妻と娘が子供会の遠足で家を空けることになり、一人の時間ができたので博物館に行ってきました。 「メトロポリタン美術館 古代エジプト展」開催中の神戸市立博物館です。 メトロポリターン と、その前にサンチカで腹ごしらえ。 カレー そういえば、 以前神戸市立博物館に来た時 にもカレーを食べた気がする・・・・・・。 それはさておき、今回ラッキーだったのは、この日開催されていた早稲田大学の先生の講演を聞けたこと。 講演の整理券の配布開始が13:00からで、チケットを買って博物館に入ったのが13:00前。まったく知らずに来たのですが、なんという偶然! あくまでも一般向けの話なので展示と関連するような話を広く浅くされたものでしたが、久しぶりにこういう話を聞くと知的好奇心を刺激されますね。 久しぶりに歴史の勉強がしたくなりました。 図書館にでも行こうかな~。

ツタンカーメン展 (2012.4.2)

去る4月2日、かつてサントリーミュージアムだった大阪天保山の特設ギャラリーで開催されているツタンカーメン展に行ってきました。 平日の午前中でしたが、春休みということもあり、入場に80分待ちの大混雑。並んでいる人たちも思っていた以上に家族連れが多かった気がします。 実際に80分ほど並んで、ようやく会場に入れました。 ところが、すぐに展示が観られるのかと思いきやちょっとしたホールのようなところて足止めされ、遊園地のアトラクションのようにオープニングビデオみたいなものを見せられます。 正直、この時点でかなり萎えました。演出が過ぎるというか、純粋に展示を観たいのに、アミューズメント的な盛り上げられ方をされるとそうした知的好奇心に冷水を浴びせかけられたような感覚で、ハッキリ言ってこういうのは止めた方がいいと思います。 さて、数分のビデオを見せられた後、ようやく展示を観ることができました。 ビデオの時点で危惧したほど悪くはなく、本当に手で触れられそうな近くや、展示ケースの横や後ろからも展示物を観られるようになっていたのが好印象。 時代背景や文化的な解説などが個別の展示物にはあまりなかったのが残念でしたが、音声ガイドではそのあたりの解説もしっかり行なっていたようです。今後観に行かれる方は、入口で音声ガイドの機械を借りられることをお勧めします。 展示の詳細はなかなか文字で表現できませんが、なかなか楽しめました。 だいたいこういった古代の文物を見にいくと思うのですが、彫刻の精巧さには驚かされますね。現代と遜色ない人物や動物などの描写の正確さ、それを実現する道具も精度が高く作られていたのだろうと想像できます。 対して、塗装に関しては、塗りムラや下書きに対してのはみ出しなど、現代に比べるとやはり精度がやや低い。こちらについては、現代の塗料の進歩や印刷技術の向上を感じずにはいられません。 さて、ツタンカーメンといえば一番有名なのは黄金のマスク。今回の展示ではそのマスクはありませんが、黄金のカノプス容器(ミイラにする時に取り出した内臓を納めた容器)が展示されていました。 さらにチュウヤ(ツタンカーメンの曾祖母)の金箔で飾られた棺はその煌びやかさと大きさには、やはり圧倒されました。 なかなか実物を見る機会はないですし、ぜひ一度訪れてみてはいかがでしょうか。