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情報の価値を決めるのは受け手

業務効率を向上させるために情報共有を進めるという話を考える上で、どうしても1つ誤解されがちなことがあるような気がするのでアウトプットしてみます。 どうも色々な人と話をしていると、「情報発信者は、その情報の価値の有無を判断できる」という前提に立っている人が多いように感じます。 ですが、本当にそうでしょうか。 簡単に言えば、情報に価値があるかどうかは、情報の受け手側の置かれた状況や立場、タイミング、経験の有無など、情報そのものというよりは外的要因によって変動します。発信者がそれらを把握して情報を出すというのは1:1の会話ででもない限り非常に困難であるわけですが、そこの認識があまりない。 だから「情報共有はいいけど、どういう情報を出せばいいのかわからない」「なんでもかんでも情報を送られてもみんなも読み切れなくて迷惑でしょう?」というような話になるのですが、そもそもの前提が間違っているんですよね。 「情報共有はいいけど、どういう情報を出せばいいのかわからない」というのは、言い換えれば、どういう情報を出せばいいのか発信者側でわかるはずだが、私には判断がつかない」ということで、つまり発信者側で価値が判断できるという前提に立っている発言であることがわかります。 「なんでもかんでも情報を送られてもみんなも読み切れなくて迷惑でしょう?」というのは、「だから、発信するときには価値がある情報に絞って送らないといけませんよね?」ということで、発信するときに価値の有無が判断できるという前提に立っている発言であることがわかります。 仲のいい友達同士の日常会話であればある程度それも成り立つかと思いますが、業務の話となると相手も複数ですし、相手の業務の詳細まで把握するのは難しいので、そうしたハイコンテクストな情報のやり取りは困難です。 ではどうすればいいかというと、今のところ2つしかないと思っています。 発信者側は情報の価値など斟酌せず、思いつくものをどんどん垂れ流して、受け手側で判断してもらう。 受け手側はどういう情報がほしいのかという点はわかっていますので、それを知っていそうな人に聞いて引き出す。(ノウ フーを押さえておく) これって非常にSNS的で、ソーシャルな言い方に変換すれば、 思いついたことや近況は、反応のあるなしに関わらず投稿し、...

柔道は金メダルを取る必要はないんじゃないか?

私は国際的なスポーツイベントが大好きでして、当然現在開催中のオリンピックもテレビで観戦しています。 そんな中で、今回のロンドンオリンピックでは「日本のお家芸」と呼ばれる柔道で、男子に金メダルなし、全体でも過去最少タイの7個のメダルの獲得だったことに柔道界はショックを受けているようです。 柔道惨敗で委員長進退伺「おれの責任」 (日刊スポーツ) 柔道で男子は五輪史上初めて金メダルゼロに終わり、女子も量産が期待された金メダルが1個という惨敗だった。メダル総数は金1、銀3、銅3で、男女14階級となった1992年以降で過去最少だった前回と並ぶ7だった。 これを受け、全日本柔道連盟(全柔連)の 吉村和郎 強化委員長は3日、進退伺を提出する意向を明らかにした。「選手を信じてやってきたが、これはおれの責任。進退伺を出すしかないだろう」と述べた。ただ日本選手団団長で全柔連の上村春樹会長は「これから検証する」としており、進退は流動的となっている。 私は別に柔道界には何の関係もないですし、柔道自体高校の授業で少しやったことがある程度なのですが、このあたりの話についてはちょっと思ったことがあったのでアウトプットしてみます。 ネットで見ていても、国際化し武道というより格闘技系のスポーツとなった「JUDO」と、従来の武道としての柔道の違いについての指摘が多いようですが、私もそれは実際にあるんだろうなと思います。 テレビで観戦しているだけですが、海外の選手の戦い方と日本の選手の戦い方が明らかに違う。 どちらがいいか?という話ではなくて、方向性が違うということだと思うのですが、敢えて「オリンピックという国際的な舞台における柔道、いわゆる「JUDO」というものに適した戦い方はどちらなのか?」という観点で見ると、明らかに海外選手の戦い方の方が合っていると思うのです。 日本の選手はしっかり組んで技をしかけ、一本を取る戦い方のような気がします。 海外の選手は試合全体の組み立てを考え、組手はそこそこに技をしかけたり、あるいはポイントを守るような動きをしたりしているように見えます。 「効果」がなくなったり、ゴールデンスコア方式による延長戦が導入されたり、以前に比べるとポイントを取り合うスポーツという面は少なくなったかもしれませんが、それでも制限時間が終わった時点...

久しぶりの・・・

仕事が忙しかったりして、すっかり更新の間隔が空いてしまいました。 せっかく「強制的」というタイトルをつけているのに・・・と反省。これからはできるだけこまめに更新していきたいと思います。 久しぶりといえば、今朝久しぶりにジョギングをしました。 ランニングアプリの履歴を見ると前回のランニングは6月11日でしたので、約2か月近くのブランクがあったことになります。 間が空いたのは膝と股関節に痛みを感じたから。 歩いても痛みを感じるくらいだったので、ここは一旦しっかり回復させようと決めて様子を見てきたのですが、ようやく大丈夫だろうという確信に近いものが得られたので、再開することにしました。 とはいえ、いきなり頑張りすぎてしまうとまたどこかを故障することになってしまいかねないので、中断前によく走っていた箕面の瀧道のような坂道ではなく、自宅付近の平坦なコースを1km7分30秒くらいのゆっくりしたペースで走ることにしました。 痛みを感じていた箇所を含めた身体の反応を確認しながらのランニングでしたが、特に違和感を感じることもなく、30分程度でしっかり汗をかくことができました。 こうしたとき、心拍計を使って身体の負荷を客観的に判断できるのはいいですね。 今朝は久しぶりだったわりに体は軽く感じたので、ついどんどん行ってしまいそうなケースなのですが、心拍数を見ながらペースが上がりすぎないように調整することで、適度な運動強度を保つことができたように思います。 この季節、朝早い時間帯でもすでにある程度気温が高いので、熱中症には気を付けて、無理のないペースで走り続けたいと思います。

ジョギングとマインドマップ。あるいはTwitter的なもの。

三十路も半ばを過ぎると否が応でもメタボ予備軍に編入させられるようで、健康診断に行くと尿酸値やらコレステロールやら危険水域に達しており(幸いなことにその他の数値はおおむね問題ない)、それらの改善のためにこのところ痩せるためにジョギングをしています。 残念ながら尿酸値にせよコレステロールにせよ、たまにちょっと走ったくらいで改善するようなものでもなく、昨年に比べてやや数値に改善が見られたものの、あまり大きな変化はなく、今後も走り続けていくつもりです。 ところで、最大の目的である各種健康上の数値の改善は一朝一夕には進みませんが、それとは別に、走っていると精神的にリラックスするというか、とても気持ちがいいのです。 私の場合、走っているときは安全確認で周囲に気を配りつつ、体の動きやフォーム、ペースなど「走っている自分の状態」をチェックしています。 とはいえ、それはそんなに必死に集中するほどのことではありませんので、その合間合間に色々なことが無意識に頭に思い浮かびます。 われわれの心の中には、普段の仕事や生活の中で蓄積され、うまくアウトプットされずに残った様々な情報や想いの断片が澱のように溜まっています。 走っていると、こうした断片が意図せずに思考の水面にふっと浮かび上がってくるのです。 こうした断片はアウトプットしようとして意識的に取り出そうとしても、なかなかすくり取りきれないものです。 それが、走っていると、勝手に自分から出てきてくれるのです。 そうしてそのまま走り続けているとまた断片が浮かんできます。結果、走り終わった時には色々な断片が思考の泉の中からすくいあげられていますので、これをまとめて新たなアウトプットにするもよし、そのまま捨ててしまってもよし。いずれにしても思考の泉は走り始める前よりもより澄んだものとなっています。 これがきっと精神的な気持ちよさにつながっているのでしょう。  あえて言えば、これはマインドマップを書きながら自分の頭の中にあるものを引き出していく行為に似ているかもしれません。ただ、それが無意識に行われるからこそ、自分でも想いのよらないものが出てきます。 もちろんジョギングでなくても、散歩でもサイクリングでもよいと思います。ただ、少なくとも私にとってはジョギングの場合が運動負荷と先に書いたよう...

ツタンカーメン展 (2012.4.2)

去る4月2日、かつてサントリーミュージアムだった大阪天保山の特設ギャラリーで開催されているツタンカーメン展に行ってきました。 平日の午前中でしたが、春休みということもあり、入場に80分待ちの大混雑。並んでいる人たちも思っていた以上に家族連れが多かった気がします。 実際に80分ほど並んで、ようやく会場に入れました。 ところが、すぐに展示が観られるのかと思いきやちょっとしたホールのようなところて足止めされ、遊園地のアトラクションのようにオープニングビデオみたいなものを見せられます。 正直、この時点でかなり萎えました。演出が過ぎるというか、純粋に展示を観たいのに、アミューズメント的な盛り上げられ方をされるとそうした知的好奇心に冷水を浴びせかけられたような感覚で、ハッキリ言ってこういうのは止めた方がいいと思います。 さて、数分のビデオを見せられた後、ようやく展示を観ることができました。 ビデオの時点で危惧したほど悪くはなく、本当に手で触れられそうな近くや、展示ケースの横や後ろからも展示物を観られるようになっていたのが好印象。 時代背景や文化的な解説などが個別の展示物にはあまりなかったのが残念でしたが、音声ガイドではそのあたりの解説もしっかり行なっていたようです。今後観に行かれる方は、入口で音声ガイドの機械を借りられることをお勧めします。 展示の詳細はなかなか文字で表現できませんが、なかなか楽しめました。 だいたいこういった古代の文物を見にいくと思うのですが、彫刻の精巧さには驚かされますね。現代と遜色ない人物や動物などの描写の正確さ、それを実現する道具も精度が高く作られていたのだろうと想像できます。 対して、塗装に関しては、塗りムラや下書きに対してのはみ出しなど、現代に比べるとやはり精度がやや低い。こちらについては、現代の塗料の進歩や印刷技術の向上を感じずにはいられません。 さて、ツタンカーメンといえば一番有名なのは黄金のマスク。今回の展示ではそのマスクはありませんが、黄金のカノプス容器(ミイラにする時に取り出した内臓を納めた容器)が展示されていました。 さらにチュウヤ(ツタンカーメンの曾祖母)の金箔で飾られた棺はその煌びやかさと大きさには、やはり圧倒されました。 なかなか実物を見る機会はないですし、ぜひ一度訪れてみてはいかがでしょうか。

持ってて良かったイオンSIM

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先週、休暇をとって九州旅行をしてきました。 ルートは阿蘇→湯布院→別府という九州中部を横断する感じでしたが、特に旅の前半においてイオンSIMが予想以上の活躍となったので、それを書き残しておきます。 事前にイーモバイルのエリアをサイトで確認して、LTEはまだエリア外だとしても、阿蘇の山(草千里や中岳火口など)や、阿蘇から湯布院に抜ける久住高原以外ではそれなりに3Gが通じると思っていたのですが、実際には初日に宿泊した阿蘇赤水付近でもがっつり圏外。 ここではイーモバイルが使えると考えていただけに、これは予想外でした。 一方、イオンSIMは赤水はおろか、阿蘇中岳の火口でもバッチリ圏内。ドコモの電波の威力をまざまざと見せつけられた印象です。 2日目、阿蘇外輪山から久住高原でも、大観峰という阿蘇を一望できる展望スポットではイーモバイルの電波を掴んだものの、その後の高原地域はやはりイーモバイルは圏外。 立ち寄りスポットを調べたり、Foursquareでチェックインしたりといった場面ではイオンSIMに頼りっきりでした。 もちろん、湯布院に着いてから最終日の別府はイーモバイルもちゃんと利用出来ましたし、イオンSIMからつなぎ替えると、その速度の速さは圧倒的。 さらにイオンSIMはb-mobile Wi-Fiに差していたのですが、電池の持ちが悪いので、いつ電池がなくなるかひやひやしながらこまめに電源のOnOffを手動で切り替える運用でしたが、イーモバイルのGL02Pは大容量電池のおかげで一日つなぎっぱなしでも問題なし。 今回の旅では、途中でJALのサイトで座席指定をしたりといった通信が必要な場面がいくつかあったのですが、イーモバイルだとこうした作業も自宅で光回線を利用しているのと遜色ないレスポンスで行うことができました。 ある程度都心部に近い所で日常的に利用するにはイーモバイルは非常に快適であることとともに、旅行や出張などで地方に行く機会があるのなら、イオンSIMなどのドコモMVNO系の格安通信回線をバックアップとして持っておくのは有効だと実感した旅でした。 阿蘇を見下ろす展望スポット「大観峰」。阿蘇でイーモバイルが通じたほぼ唯一のスポット。雄大な景色! 別府の海地獄。もちろんイーモバイルはバッチリ利用可。湯気の迫力がすごい。

スリープ時のWi-Fiの挙動

iPadやiPod TouchといったiOS機のスリープ時にWi-FiがOFFにならないのでWi-Fiルーターの無線LAN機能がいつまで経っても自動OFFしない。 このままだとルーターの電池の持ちが悪いから何とかならないかなー、と思ってググったら、世間的にはむしろiOS機のスリープ中にWi-Fiが切れるのは不具合として認識されている模様。 これにはちょっと驚きました。 でも考えてみれば、確かに通知機能を使っているのなら常時接続していないといけないですよね。 私は電池の持ちを考えてメインのスマホ(Android)ですべての自動同期はOFFにしているし、唯一プッシュ通知してほしいSPモードメールについてはモバイルデータ通信をOFFにしていてもメールが届いた旨の通知はされるので(SMSを使っているのかな?)、それをトリガーに手動で受信するというスタイルを取っているので、常時接続の必要性についてまったく認識していませんでした。 ましてや、私が所有しているiOS機は冒頭に書いたiPadとiPod Touchという、より常時接続の必要性が薄い機械なので(もちろん常時接続したい人はいると思いますが)、もうまったく通知機能というものがあることさえ意識の中から抜け落ちていました。 ということで、現行のiOSがスリープ時にもWi-Fi ONなのは通知機能との兼ね合いなのかもしれないですが、一番いいのは選択できるようにしてくれることですよね。 通知機能では先行していたAndroidではスリープ時のWi-Fiの挙動について設定できるので、この辺りの要望をちゃんと認識しているのかな? ともあれ、iOSもこの部分はAndroidを見習って、柔軟性を持たせてほしいものですね。